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浦和地方裁判所 平成4年(行ウ)13号 判決

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告鹿島建設株式会社、被告株式会社間組及び被告株式会社株木建設は、埼玉県に対し、連帯して一二億三四二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告株式会社熊谷組及び被告前田建設工業株式会社は、埼玉県に対し、連帯して八五〇三万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告西武建設株式会社は、埼玉県に対し、一億七四三五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告戸田建設株式会社は、埼玉県に対し、二億四〇九〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被告佐藤工業株式会社は、埼玉県に対し、二億五一三五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  被告飛島建設株式会社、被告鹿島建設株式会社、被告株式会社フジタ及び被告戸田建設株式会社は、埼玉県に対し、連帯して一億一五八三万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7  被告前田建設工業株式会社は、埼玉県に対し、二億六三一二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

8  被告三井建設株式会社は、埼玉県に対し、一億七三八〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

9  被告大豊建設株式会社は、埼玉県に対し、一億四九九三万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

10  被告大成建設株式会社は、埼玉県に対し、一億五九九四万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

11  被告西武建設株式会社は、埼玉県に対し、二億二三三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

12  被告飛島建設株式会社は、埼玉県に対し、一億六二〇三万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

13  被告株式会社フジタ及び被告日産建設株式会社は、埼玉県に対し、連帯して一億七五四五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

14  被告住友建設株式会社は、埼玉県に対し、一億四六八五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

15  被告株式会社青木建設及び被告古久根建設株式会社は、埼玉県に対し、連帯して一億四六八五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

16  被告清水建設株式会社及び被告株式会社竹中土木は、埼玉県に対し、連帯して一億六三三五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

17  被告五洋建設株式会社は、埼玉県に対し、一億七九八五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

18  被告株式会社大林組及び被告佐伯建設株式会社は、埼玉県に対し、連帯して二億〇八三四万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

19  被告西松建設株式会社、被告佐田建設株式会社及び被告若築建設株式会社は、埼玉県に対し連帯して一億七九八五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

20  訴訟費用は、被告らの負担とする。

21  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文と同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 主文第二項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも埼玉県の住民である。

(二) 被告らは、いずれも埼玉県内に支店等の事務所を設けて建設業を営むものである。

2  請負契約の締結

埼玉県は、別紙工事目録の工事名欄記載の各土木一式工事について、それぞれ落札者欄記載の法人ないし共同体との間で、契約年月日欄記載の日に、落札価格欄記載の価格で請負契約を締結した(以下、同目録記載の各工事にかかる請負契約を合わせて「本件請負契約」という。)。

3  被告らによる談合

(一) 被告らを含む大手ゼネコン合計六六社は、相互の親睦と情報交換を図り、埼玉県及び埼玉県内の市町村が発注する土木一式工事の受注活動の円滑化に資することを目的として、各社の埼玉県内の支店等の事業所における土木一式工事に係る営業の責任者又はそれに準ずる者で組織する埼玉土曜会(以下「土曜会」という。)を設けていた。

土曜会の役員は、埼玉県知事及び公営企業管理者から指名競争入札の参加者として指名された会員のうち、工事の受注を希望する会員から、あらかじめ「PRチラシ」と称する書面を提出させた上(ただし、平成三年五月以降は、右「PRチラシ」と称する書面を提出させる方式は廃止された。)、当該工事の入札期日に先立って、当該工事受注予定者を内定し、この受注予定者が実際に落札することができるように、各入札参加者が各入札価格を受注予定者のそれを上回るように設定することを取り決め、入札に際しては、右取決めのとおり実行することによって、受注予定者に当該工事を落札させ、また、選からもれた受注希望者に対しては、その救済策として、受注者から工事の一部を下請けさせるなどして利害の調整を図ってきた(以下「本件談合」という。)。土曜会会員の六六社及びこれらに関係する共同企業体は、本件談合を通じて、埼玉県が指名競争入札の方法により発注する工事のほとんどすべてを受注した。別紙工事目録中の各工事も、入札参加者欄記載の法人ないし共同体の談合により、落札者欄記載の法人ないし共同体に右各工事を落札させるべく入札価格を調整し、落札者欄記載の法人ないし共同体が右工事を落札したものである。

(二) しかし、地方公共団体が締結する契約の相手方は、入札等の手続により価格等についての公正な自由競争を経た上で決定されるべきであるところ(地方自治法(以下「法」という。)二三四条)、土曜会の会員において行われた入札予定者間における本件談合は、この公正な競争の成立を妨げる違法な行為である(刑法九六条の三、独占禁止法二条六項参照)。

(三) 本件談合の事実は、公正取引委員会による独占禁止法違反事実に関する平成四年五月一五日付け排除勧告によって認定されており、土曜会会員の六六社は、いずれも右勧告を応諾し、同年六月三日、独占禁止法違反の同意審決が確定した。また、建設省は、同年五月二七日付けで、土曜会会員の六六社に対し、建設省の発注する工事に関して一か月間の指名停止処分を発し、埼玉県も右同意審決を受けて、同年六月五日付けで、土曜会会員六六社に対し、埼玉県発注工事に関して、二か月ないし三か月の指名停止処分を発した。

4  埼玉県の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権

(一) 埼玉県は、別紙工事目録記載の各工事において、各入札参加者欄記載の者による本件談合がなければ、それぞれ、各落札価格欄記載の落札価格より少なくとも一〇パーセント以上低い価格で工事請負契約を締結することができたにもかかわらず、本件談合によって、かかる契約を締結する機会を喪失し、落札価格欄記載の落札価格の工事代金支払債務を負担することになった。よって、埼玉県は、各入札参加者欄記載の者の不法行為により、同目録のうち落札価格欄記載の価格の少なくとも一〇パーセントに相当する金額、すなわち同目録のうち各損害額欄記載の金額の損害を被った。

(二) また、埼玉県は、本件訴訟を通じて被告らから損害の填補を受けた場合、原告ら代理人に対し、報酬を支払う義務を負う(法二四二条の二第七項)ところ、弁護士報酬は、別紙工事目録のうち各損害額欄記載の金額の一〇パーセントに相当する金額、すなわち同目録のうち各弁護士費用欄記載の金額が相当である。

(三) よって、本件請負契約の締結にあたり、別紙工事目録の各入札参加者欄記載の者が本件談合を行ったという不法行為により、埼玉県は、右(一)及び(二)の合計金額、すなわち同目録の各請求債権額欄記載の金額の損害を被った。そこで、埼玉県は、同目録の各工事の各入札参加者欄記載の者あるいはこれに関係する者として各被告欄記載の被告らに対し、各請求債権額欄記載の金額の賠償を請求する権利を有する(以下「本件損害賠償請求権」という。)。

5  本件損害賠償請求権の不行使

埼玉県は、別紙工事目録の各被告欄記載の被告らに対し、本件損害賠償請求権を有するが、埼玉県は、本件損害賠償請求権を行使しない。

6  監査請求

原告らは、平成四年六月二五日、法二四二条一項に基づき、埼玉県監査委員に対し、本件談合によって埼玉県が被った損害の補填等を求めて住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、埼玉県監査委員は、同年七月一五日付けで、本件監査請求は、行為のあった日から一年を経過してから行われたものであるから、法二四二条二項本文により不適法であるとして、これを却下した。

7  よって、原告らは、埼玉県が本件損害賠償請求権の行使を違法に怠っているので、法二四二条の二第一項四号に基づき、埼玉県に代位して、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づいて、右怠る事実の相手方である別紙工事目録の各被告欄記載の被告らに対し、同目録の各請求債権額欄記載の金額及びこれに対する訴状送達の日の翌日である、被告佐藤工業株式会社(以下「被告佐藤工業」という。)、被告佐田建設株式会社(以下「被告佐田建設」という。)、被告株式会社大林組(以下「被告大林組」という。)、被告佐伯建設工業株式会社(以下「被告佐伯建設工業」という。)、被告株式会社青木建設(以下「被告青木建設」という。)及び被告若築建設株式会社(以下「被告若築建設」という。)については平成四年九月五日から、その他の被告らについては同月四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  本案前の抗弁

1  本件監査請求の特定について

監査請求をする際には、監査を求める財務会計行為を一つ一つ個別具体的に特定して記載しなければならないところ、原告らによる本件監査請求の対象は、「六六社が受注した一九八八年四月から一九九一年六月までの間の埼玉県発注の土木一式工事のうち、六三件工事代金総額八一〇億円の工事」とあるのみで、右期間内に埼玉県が発注した多数の工事のうち、どの工事が監査の対象となっているのか明らかでなく、本件監査請求は、監査の対象の特定を欠き、不適法である。

2  監査請求期間の徒過について

(一) 法二四二条二項の適用の有無

「怠る事実」に関する住民監査請求であっても、違法な契約の締結によって生じた損害賠償請求権の不行使を「財産の管理を怠る事実」として監査請求するような場合は、当該「怠る事実」に係る請求権の発生原因たる「契約の締結」などの当該行為のあった日又は終わった日を起算点として法二四二条二項の適用があるというべきであるところ(最高裁判所昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決。以下「昭和六二年判決」という。)、本件において、原告らは、被告らの本件談合という不法行為に基づく損害賠償を請求しているが、本件談合の結果、埼玉県は、本件請負契約を落札者と締結し、その結果、損害を被り、その損害の賠償を請求することができるのであるから、結局は、原告らは、本件請負契約の締結の違法を理由として発生する実体法上の請求権である不法行為に基づく損害賠償請求権の不行為を「怠る事実」と捉えていることになり、本件監査請求には、法二四二条二項が適用され、同項所定の監査請求期間の制限に服する。

(二) 法二四二条二項の該当の有無

(1) 本件監査請求は、本件請負契約の締結日から一年以内に行われておらず、法二四二条二項本文に定める監査請求期間を徒過している。

(2) また、法二四二条二項ただし書に定める「正当な理由があるとき」とは、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ、一年を経過してからはじめて明らかになったような場合においては、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をした場合を意味すると解すべきであるところ(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決)、本件においては、本件請負契約に先立つ本件談合が秘密裡に行われているにすぎず、財務会計行為である当該行為、すなわち本件請負契約自体は、議会の承認を得る等公然と行われているから、当該行為は、秘密裡に行われたものではなく、同項ただし書の「正当な理由」は存しない。

(3) 仮に、当該行為に至る前提となる談合行為が秘密裡にされた場合であっても、本件談合については、平成三年五月三一日及び同年六月一日の各新聞において、土曜会が談合団体である疑いにより、公正取引委員会の係官約一〇〇名が、土曜会関係会社の埼玉県内の営業所等を一斉に立入検査し、昭和六〇年から平成二年までの営業資料等を提出させたことなどが報道され、さらに、平成三年六月四日から同年七月三日にかけての新聞において、埼玉県が、土曜会加盟会社による談合疑惑について、被告鹿島建設株式会社(以下「被告鹿島建設」という。)、被告大成建設株式会社(以下「被告大成建設」という。)、被告清水建設株式会社(以下「被告清水建設」という。)、被告大林組、被告株式会社熊谷組(以下「被告熊谷組」という。)の大手五社から事情を聴取する等の調査を独自に開始したこと、同年六月の定例県議会に提出予定の工事請負契約締結議案中に、土曜会会員で公正取引委員会の立入検査を受けた業者四社が含まれているということで、右談合疑惑について論議され、右提出議案中、土木工事に関する案件四件が継続審査となったこと、土曜会が同年六月中に極秘で解散していたことが判明したこと等が報道されている。

このような報道は、原告ら一般住民に、土曜会加盟会社の参加した工事の違法性又は不当性について客観的な疑いを生じさせるのに十分であり、原告らは、①平成三年五月三一日若しくは同年六月一日、又は、②同年七月上旬ころには、相当な注意をもって調査したとき、客観的にみて、当該行為を知ることができたというべきである。

また、平成三年一〇月十六日の新聞において、公正取引委員会が、公共工事談合の疑惑で、大手建設会社約二〇社の埼玉県内の支店や営業所に再度立入検査をし、書類等を押収したこと、同年一一月二七日の新聞において、土曜会に関して刑事告発の可能性が出てきたことや公正取引委員会の調査は最終段階を迎えていること等が報じられ、さらに、平成四年一月三一日の新聞において、埼玉県発注の土木工事に関し、大手ゼネコン六六社が土曜会を作って、受注の調整を行ってきたこと、公正取引委員会が独占禁止法違反の疑いで排除勧告とあわせて刑事告発をする方向で検察と検討に入ったこと、入札調整の方法に関する図入りの説明等が報道された。よって、原告らは、遅くとも、③平成四年一月三一日には、本件談合の事実を知ることができたというべきである。

(4) そして、埼玉県においては、埼玉県行政情報公開条例、埼玉県行政情報公開実施要綱に従って発せられた依命通達「建設工事に係る入札結果等の公表について」(昭和五七年五月二〇日通達建管第一三六号)により、埼玉県発注の各工事について、入札年月日、入札執行者名、工事名、工事場所、指名業者名、全入札業者名、入札経過、入札結果が公表事項とされており、これらの公表事項は、発注担当出先事務所又は公文書センターにおいて、自由に閲覧できるほか、一定額以上の入札に基づく請負契約締結行為については、埼玉県議会の承認が必要とされ、契約の内容は、埼玉県議会会議録に掲載され、県議会図書室で自由に閲覧・謄写することが可能であるから、前記の新聞報道の内容とも照らし合わせると、本件監査請求の対象の特定、事実関係の調査、必要資料の収集は、容易に行うことができ、また、裁判例の集積により、「相当な期間」は、概ね一か月から三か月以内とされているから、当該行為について相当な注意力をもって知り得たときから三か月を超えて監査請求がされた場合は、「相当な期間」を徒過したものとして、「正当な理由」がないというべきである。

以上より、本件において、当該行為を知り得た時点、すなわち、相当な期間の起算日を①ないし③のいずれとしても、本件監査請求は、右起算日のいずれからも三か月を経過した後に行われているので、相当な期間内に行われたものとはいえず、「正当な理由」は認められない。よって、本件訴えは、適法な監査請求を経ていないので、不適法である。

(三) 本案前の答弁に対する反論

1  監査請求の特定性について

監査請求の対象は、権限ある監査委員に対し、監査の端緒を提供することにあるから、必ずしも当該行為の時期、金額を明示することは要求されず、対象事項が他の事項から区別して特定認識し得る程度に摘示されていれば足りる。

本件監査請求では、監査請求の趣旨は、土曜会会員六六社が、埼玉県の発注した土木一式工事のうち、昭和六三年四月から平成三年六月までの間に入札が行われた分について談合をしたので、右談合に起因して埼玉県が被った損害を談合に加わった業者に補填させよ、とするものであるが、右監査請求の趣旨において、談合の主体は土曜会会員六六社と特定されている上、公正取引委員会が公表した勧告書にも右会員会社がすべて明記されているから、談合の主体は特定されている。また、具体的な工事名は記載されていないが、工事の種類が「土木一式工事」であって、昭和六三年四月から平成三年六月までの間に入札が行われた契約のうち、平成四年五月一五日の公正取引委員会の勧告により違法事実が明らかにされたものについて原告が監査を求めていることは、本件監査請求書の末尾の記載自体から明らかであり、これらの記載があれば、監査委員において、当該行為を他の事項から区別して特定認識することは可能であり、原告らの監査請求を端緒として、埼玉県等から事情を聴取する等適切に権限を行使し、直接・間接に公正取引委員会の協力を得るならば、容易に事案の全貌を把握し得たのであるから、本件監査請求は、その対象の特定性の点において、欠けるところはない。

2  監査請求期間について

(一) 法二四二条二項の適用の有無について

本件監査請求は、埼玉県が被告らに対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているところ、埼玉県が右損害賠償請求権の行使、すなわち公有財産の管理を怠っているので、右「怠る事実」の相手方たる被告らに対し、原告らが埼玉県を代位して損害賠償請求をするものである。このような「怠る事実」については、「当該行為のあった日又は終わった日」(法二四二条二項)というものを措定し得ないので、そもそも監査請求期間という概念は適用されない(最高裁判所昭和五三年六月二三日第三小法廷判決)。

被告らは、昭和六二年判決を援用して、本件請負契約を「当該行為」ととらえ、当該行為が違法であることに基づいて発生する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実が、同項の監査請求期間の制限に服する旨主張する。

しかし、昭和六二年判決は、当該職員の不法行為による違法な財務会計行為の存在を前提として、右違法な財務会計行為の相手方に対する損害賠償請求権の行使を怠っていた場合の事案であり、かつ、当該職員に対して当該違法な財務会計行為に関する監査請求が過去に行われていたという事情が存在した事案における判断であるところ、本件においては、本件談合が秘密裡に行われていたため、当該職員が本件請負契約の違法性を認識することができなかったので、当該職員の不法行為による違法な財務会計行為は存在しないし、原告らは、埼玉県が本件談合という不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠っているとして右損害賠償請求権を代位行使しているのであり、財務会計行為である本件請負契約の違法性は、請求の原因になっていないから、本件は、昭和六二年判決の射程外であり、同項の適用はない。

(二) 仮に、本件監査請求が法二四二条二項の監査請求期間の制限に服するとしても、土曜会による談合は、いずれも秘密裡に行われており、原告らを含む一般住民は、公正取引委員会が、平成四年五月一五日、土曜会会員六六社に対し、昭和六三年四月から平成三年六月一〇日までの間に入札がされた土木一式工事が談合に基づくものであるとして排除勧告を発したという報道によって、はじめて土曜会の談合を知ったのであり、原告ら住民は、右排除勧告の約一か月後である同年六月二五日に本件監査請求を行ったのであるから、本件監査請求には、同項ただし書に定める「正当な理由」が存し、本件監査請求は、適法である。

四  本案に対する認否

1  請求原因1(一)及び(二)は、認める。

2  請求原因2は、認める。

3  請求原因3(一)は、否認ないし争い、同(二)のうち、地方公共団体が締結する契約の相手方は、入札等の手続により価格等についての公正な自由競争を経た上で決定されるべきであることは、認め、その余は、否認ないし争い、同(三)は、認める。

4  請求原因4(一)ないし(三)は、否認ないし争う。

5  請求原因5及び6は、認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  法二四二条二項の適用の有無について

1  本件監査請求は、埼玉県が被告らに対し、損害賠償請求権を行使しないことをもって、法二四二条一項にいう「怠る事実」に該当すると主張するものであるところ、原告らは、本件のように、埼玉県職員の違法な財務会計行為を前提としない「怠る事実」を対象とする監査請求には同条二項の適用がないから、本件監査請求に制限期間を徒過した違法はないと主張する。そこで、本件監査請求に同項の適用があるか否かについて検討する。「怠る事実」は、それが継続している限り違法ないし不当な財務会計状態が現に存在しているのであるから、その是正請求に期間制限をする合理的な理由はなく、原則として「怠る事実」に係る監査請求については、同項の期間制限の適用はないが、怠る事実の是正を求める監査請求であっても、当該監査請求が、特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同項の規定が適用されるというべきである。なぜなら、当該財務会計行為を違法、無効としてその是正措置を請求する監査請求については、同項の適用があるのに、これを「怠る事実」と構成して監査請求をすることによって、同項が適用されないのでは、法が監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるからである。

これを本件について検討するに、原告らは、本件談合により本件請負契約の契約金額が通常の競争入札によって定められる金額を上回り、仮に談合がなければ、少なくとも本件請負契約の契約金額の一〇パーセントは下回る金額で契約を締結できたと主張し、被告らに対し、右一〇パーセントに相当する損害金の支払を求めているが、談合が行われたのみでは、右主張に係る金額の一〇パーセントに相当する金額の損害は発生しないので、埼玉県が、被告らに対し、右損害金相当額の損害賠償請求権を取得することはなく、埼玉県が、被告らに対し、右損害賠償請求権を取得するのは、談合に基づき不正な入札価格が形成され、その価格で工事を落札した業者が入札に係る工事について請負契約を締結し、地方公共団体に請負代金の支払義務が発生したときであると解すべきであるから、原告らが請求する損害賠償請求権は、埼玉県が、各業者との間で、本件請負契約を締結して初めて発生するというべきである。そして、埼玉県職員がする同県と落札業者の間の請負契約の締結は、当該職員の財務会計行為であるが、談合によって不当に高い落札価格が形成されたという原告らの主張を前提とすると、談合に基づく入札は、違法であるから、違法な入札を経て締結された本件請負契約も、違法であることとなる。したがって、本件監査請求については、同項の期間制限が適用されると解すべきである。

2  これに対し、原告らは、昭和六二年判決は、当該職員の不法行為による違法な財務会計行為の存在を前提として、右違法な財務会計行為の相手方に対する損害賠償請求権の行使を怠っていた場合の事案であり、本件のように、本件談合が秘密裡に行われていたために、財務会計行為である本件請負契約締結時には、当該職員において本件談合を知り得ず、当該職員の不法行為による違法な財務会計行為が存在しない場合は、昭和六二年判決の射程外であると主張する。

しかし、法が住民に地方公共団体に代位して損害賠償請求権を行使することを認めた趣旨は、地方公共団体が違法な財務会計行為によって被った損害の賠償請求を怠っている場合に、住民が右損害賠償請求を代位行使することによって、当該地方公共団体の財務会計の適正な運営を確保し、もって住民全体の利益を保障するところにあるというべきであるから、住民が、地方公共団体による損害賠償請求権の不行使を、財産の管理を怠る事実として、地方公共団体が被った損害を補填するために必要な措置を講ずることを求めて監査請求した場合は、当該職員が、当該財務会計行為の違法性を認識していたかどうか、あるいはこれを認識し得たのにこれを怠ったかどうかという当該職員自身についての違法性の有無にかかわらず、当該職員の特定の財務会計行為が違法又は無効であることに基づいて損害賠償請求権が発生すれば、その不行使は、「怠る事実」となると解するのが相当であり、当該職員の地方公共団体に対する義務違反の有無により、監査請求期間の制限の有無が左右されると解すべき理由は存しない。したがって、原告らの右主張は、失当である。

二  「正当な理由」の有無について

1  原告らは、本件監査請求は、本件請負契約の各締結日から一年以上経過した平成四年六月二五日にされたが、本件監査請求が法二四二条二項本文に定める監査請求期間を経過した後にされたことについては、同項ただし書に定める「正当な理由」があると主張する。そこで、本件監査請求について、同項ただし書に定める「正当な理由」があるかどうかを検討するに、右「正当な理由」の有無は、特段の事情がない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである。

2  被告らは、本件請負契約の締結自体は、埼玉県議会の議決を経ており、何ら秘密裡に行われたものではないから、「正当な理由」の有無を判断する前提を欠くと主張するが、前示のとおり、本件請負契約は、土曜会という組織の下に、工事の受注を希望する業者からPRチラシの提出を求める等の本件談合により締結されたというのであるから、本件請負契約の締結は、土曜会というグループの中で行われることが当初より意図されていたものであり、右事実は、隠ぺいされていたと認められるから、秘密裡にされたというべきで、被告らの右主張は理由がない。

3  そうすると、次に、埼玉県の住民である原告らが、相当な注意をもってすれば、本件請負契約の違法性ないし不当性を知り得た時期が問題となる。

(一)  本件談合に関する報道の経過等は、以下のとおりである。

① 平成三年五月三一日付け朝日新聞の朝刊(乙第二号証の一)に、公正取引委員会が、東京に本社を置き、埼玉県内に支店等を持つ建設土木会社数十社が、「埼玉土曜会」という親睦団体を組織し、埼玉県内の公共事業に関して常習的に談合をしている疑いがあるとして、浦和市内の被告鹿島建設埼玉営業所、被告大成建設埼玉営業所、被告清水建設埼玉土木営業所、被告大林組埼玉営業所、大宮市内の被告熊谷組関越支店等大手を含む建設土木会社の支店、営業所やその関連箇所のうち、少なくとも約四十数か所において立入検査をし、受注目標を記載した営業関係の書類や「土曜会」担当者の手帳など過去数年分の資料を提出させたこと、埼玉県では、同県の主要な公共事業だけでも、ダム、道路、河川、上下水道など平成二年度当初予算で約二四〇〇億円に上り、これらについて広範囲に談合が行われていたとすると、競争制限という側面だけでなく、落札額のつり上げにより巨額の無駄な財政支出をしていたことになることなどを内容とする記事が掲載された。また、右同日付けの毎日新聞の夕刊(乙第二号証の二)には、公正取引委員会の係官計約一〇〇人が、同月二七日、独占禁止法三条(私的独占又は不当な取引制限)違反の疑いで浦和市などにある「土曜会」加盟の大手ゼネコンの支店、営業所のうち二八か所を一斉に立入検査し、翌二八日も係官計約六〇人が別の会社の支店、営業所のうち十数か所を立入検査したこと、埼玉県は、同県秩父郡吉田町、小鹿野町の荒川支流の吉田川に建設する合角ダム工事(総事業費三二三億円)をはじめ、ダムや道路、河川など九〇年度当初予算で約二四〇〇億円の公共工事を計上しているが、これらのダムや道路等の大規模な事業においては、立入検査を受けた大手ゼネコンが工事を受注していること、「土曜会」は、埼玉県と同県内市町村が発注する土木工事の受注をめぐり、大手ゼネコン約一〇社で構成する幹事会が運営の中心となって、業者間の話合いで互いに受注を調整する「研究会」を開いており、特定の事務所はなく、「研究」の場所として浦和市内の喫茶店などを利用していたこと、埼玉県や建設省は、今回の検査に重大な関心を寄せ、公正取引委員会とは別に、談合疑惑の具体的な事実関係について調査に乗り出したとの記事が掲載され、平成三年五月三一日付けの日本経済新聞の夕刊(乙第二号証の三)、サンケイ新聞の夕刊(乙第二号証の四)、読売新聞の夕刊(乙第二号証の五)にも、立会検査を受けたのは、浦和市にある被告鹿島建設、被告大林組の各埼玉営業所や大宮市の被告熊谷組関越支店等であること、「土曜会」の会員の大手建設会社が受注しているのは、上・下水道や県の直轄ダム等の工事であること等を含む前記の毎日新聞の記事と同様の趣旨の記事が掲載された。他方、右日本経済新聞夕刊の記事には、被告大林組本社広報室によると、土曜会は六十数社が参加しており、東京に本社を持つ大手建設会社は、埼玉営業所の所長レベルが参加しているが、相互に親睦を深め、施工技術の講習を共同を取り組む団体で談合の事実はないとのことである旨の記載があり、右読売新聞の夕刊の記事には、建設会社の営業所などを含む埼玉県内の六十数社は、昭和四〇年代から「土曜会」と呼ばれる親睦団体を組織し、建設技術情報の交換等を行ってきたという関係者の話が記載されている。

(2) 平成三年六月一日付けの毎日新聞(埼玉版)(乙第三号証の一)には、「談合疑惑に公取委のメス」との見出しの下に、建設業界関係者の話によるとして、公正取引委員会が、同年五月二七日、土木業界の親睦組織とされる「土曜会」と称する団体(六六社で構成)の会員のうち約四〇社に対し、「土曜会」が、公共土木工事の受注をめぐり、談合を繰り返した疑いがあるとして、(独占禁止法三条一不当な取引制限の禁止)違反の疑いで立入検査を実施し、同年五月二七日には、浦和市等の支店、営業所二八か所が一九五八年から一九九〇年までの営業資料を提出させられ、翌二八日も、十数か所が一九八九年、一九九〇年の営業資料を提出させられたが、その中には、県など発注の公共工事についての落札一覧表等も含まれていたこと、「土曜会」では、大手ゼネコン営業部の部長がまとめ役となり、加盟会社の幹事会を中心に、「研究会」と称して話合いによる受注調整をし、公共工事の指名競争入札に大きな影響力を持っていたといわれること、県建設業界においては、以前から談合体質が指摘されており、県発注工事の入札の際には、建設業者数人が、県庁付近の喫茶店において、設計図等の書類を広げて会合し、「九〇パーセントうちに決まりそうだ」などと小声で話し合い、そのうちの落札業者らしい一人が全員の飲食代を支払っていたこと、土建業界内では、親睦団体として、土木関係業者による「土曜会」と、建物の建設関係業者による「金曜会」が存在していたが、業界内での受注競争は、激しく、指名競争入札で落札者を誰にするのか話合いがまとまらない場合には、ダンピングもしばしば行われ、工事の質的な低下を招きかねず、受注業者も経営圧迫の材料となるため、入札では、必要悪として談合が慣行化していること、「土曜会」の会員が受注する公共工事は、主にダムや上下水道工事であること等についての記事が掲載されていたが、これに対し、右毎日新聞(埼玉版)の記事には、埼玉県土木部幹部の話として、公正取引委員会による立入検査が行われたことは分かったが、理由は全く不明であるとのことである旨の記載が、平成三年六月一日付けの埼玉新聞(乙第三号証の二)の記事には、「土曜会」の会長は、被告鹿島建設埼玉営業所副所長が務めているが、同被告担当者の話として、土曜会は全く親睦的なもので、定期的に会合を持つこともなく、土曜会が疑われる.理由は不明であるとする旨の記載があり、また、同日付けの読売新聞(埼玉版)の朝刊(乙第三号証の三)には、土曜会は、企業間の親睦と施工技術向上のための情報交換等を目的とする団体であり、この好況時に談合はありえないと強く否定する企業側の意見のほか、公正取引委員会の係官は、会計帳簿や特定工事の資料には、一切手をつけず、説明もなかったため、立入検査の目的が分からないとの被告鹿島建設埼玉営業所副所長の話が記載されている。

(三) 平成三年六月四日付けの埼玉新聞(乙第四号証の一)には、「談合疑惑『大手五社を聴取』県、独自に調査始める」との見出しの下に、埼玉県知事は、定例記者会見の席において、埼玉県が、同月三日までに、談合の疑いで検査を受けたとされる大手五社(被告鹿島建設埼玉営業所、被告大成一建設埼玉営業所、被告清水建設埼玉土木営業所、被告大林組埼玉営業所、被告熊谷組関越支店)に対して事情聴取したところ、右五社は、いずれも、公正取引委員会から独占禁止法違反の疑いで立入検査を受けたことを認めたことを明らかにし、社会党県議団は、埼玉県土木部長に対し、公正取引委員会の調査内容を把握し、県議会土木住宅都市常任委員会に速やかに報告するとともに、県発注公共事業の入札に当たり、独占禁止法に抵触することのないよう指導を行うことを申入れ、埼玉県知事は、公正取引委員会の調査の推移を見守りながら、埼玉県としても、事実関係の把握に努めていきたいと語ったことなどの記事が掲載され、同月四日付けの朝日新聞(埼玉版)の朝刊(乙第四号証の二)、毎日新聞(埼玉版)の朝刊(乙第四号証の三)及び読売新聞(埼玉版)の朝刊(乙第四号証の四)にも、県の調査によれば、公正取引委員会が先の立入検査で持ち帰った資料は、一か所あたり七九件から一九四件にのぼり、前記社会党県議団の団長は、すでに建築関係の親睦団体である金曜会が解散したようなので、埼玉県が土曜会に対しても解散の指導をすべきではないかと述べた旨を含む右埼玉新聞の記事とほぼ同様の趣旨の記事が掲載された。

(4) 平成三年六月一一日付けの埼玉新聞(乙第五号証の一)には、埼玉県が六月定例県議会に提案予定の工事請負契約締結一一議案のうち五議案(加須花咲公園のプール建設、荒川右岸流域下水道終末処理場三号水処理施設築造土木工事、平和資料館新築工事等)について、公正取引委員会による立入検査の対象となった業者が、いずれも本年度に行われた入札で落札し、埼玉県とすでに仮契約を締結していることが判明した旨の記事が、同日付けの朝日新聞(埼玉版)朝刊(乙第五号証の二)には、六月定例県議会提出予定の工事請負契約のうち、荒川右岸流域下水道終末処理場の水処理施設築造土木工事と、建築工事二件が、同年五月下旬に行われた入札において、立入検査を受けた業者が落札していることが判明し、さらに他の一件の建築工事についても埼玉県が調査を進めていること、落札価格は、右荒川右岸流域の土木工事が二一億六〇〇〇万円、他の工事は約一七億円から数億円であり、右定例県議会で可決後に本契約して着工する予定であったことなどの記事が掲載された。

(5) 平成三年六月二〇日付けの埼玉新聞(乙第六号証の一)には、埼玉県が、六月定例県議会に先立って開催された議会運営委員会において、「土曜会」による談合に関する調査結果として、「土曜会」に加盟する埼玉県外に本社のある業者七一社から事情を聴取したところ、うち四八社が公正取引委員会による立入検査を受けたと回答したこと、右定例県議会に上程された議決案件中、加須花咲公園プール、荒川右岸流域下水道終末処理場、県平和資料館、県北埼農林合同庁舎の四件について、県外大手業者が落札しており、これらに関わった建設会社延べ七〇社のうち、「土曜会」の会員が二八社あり(うち約二〇社が立入検査を受けたことを認めている。)、右七〇社全社に対して談合の有無を確認し、全社から談合の事実はない旨の確約書が提出されたこと等を報告し、また、埼玉県としては、不正はなかったものと確信している旨説明したことが掲載され、同日付けの読売新聞(埼玉版)(乙第六号証の二)、毎日新聞(埼玉版)(乙第六号証の三)、朝日新聞(埼玉版)(乙第六号証の四)にも、ほぼ同様の内容の記事が掲載された。

(6) 平成三年六月二二日付けの朝日新聞の夕刊(乙第七号証)には、「埼玉『談合』団体が解散」との見出しの下に、同月上旬ころに、「土曜会」が解散していたことが判明したこと、関係者の話によれば、「土曜会」における談合は、「土曜会」会員が、埼玉県や同県内の市町村が年間に発注する公共事業を年度初めに予想し、一社当たり一五件を上限に受注を希望する工事を書いた「希望表」を封筒に一件ずつ入れて「土曜会」の会長に預け、個別の事業の指名が始まると、指名を受けた会社の土木担当者が、県庁付近のビルに集って右封筒を開封し、右工事の受注を「本命」として希望していた会社が、右工事を受注することを決定し、後日、右会社は、その見積額を他の指名会社に知らせ、右各指名会社は、見積金にいくらかを上乗せした額で入札するという仕組みで行われていたが、大型公共工事を取り仕切ってきた建設業界の談合中央組織が、平成二年七月に解散したことから、埼玉県でもこれを機会に受注業者を決める集まりを自粛し、「希望表」の取りまとめも、平成三年度から中止することになったこと、「土曜会」の会員の一人は、談合による調整がないと、業者間のたたき合いになるが、発注する役所側にも最低価格があるから、自由競争になって困るのは役所側である旨話したことなどを内容とする記事が掲載された。

(7) 平成三年六月二三日付け読売新聞(埼玉版)(乙第八号証)にも、「土曜会」が同月中旬、極秘に解散していたことが明らかになったこと、埼玉県内の建設業界に詳しい自民党議員が、「土曜会」の会員だった業者は、解散した後も集っている事情に変化はなく、形だけの解散の可能性があると話しているなどの記事が掲載された。

(8) 平成三年七月二日付け埼玉新聞(乙第九号証の一)、読売新聞(埼玉版)(乙第九号証の二)、朝日新聞(埼玉版)(乙第九号証の三)、毎日新聞(埼玉版)(乙第九号証の四)は、六月定例県議会における各常任委員会が開かれ、土木住宅都市常任委員会では、県に対し、公正取引委員会の立入検査を受けた業者の公表を求める意見が出されたが、県側は、守秘義務や公正取引委員会の検査に対する影響のおそれを理由にこれに応ぜず、土曜会の会員数、活動内容、談合の有無等が明確にならないと、公共事業に関する請負契約について審査が困難であるとの委員の意見に基づき、公正取引委員会から立入検査を受けた土曜会会員業者が関連する土木工事を落札した被告飛島建設株式会社(以下「被告飛島建設」という。)、被告株式会社フジタ(以下「被告フジタ」という。)、大日本土木株式会社(以下「大日本土木」という。)、被告佐田建設の四社から、幹部等合計五名の参考人を招致し、意見を聞くことを決めた旨の記事が掲載された。

(9) 平成三年七月三日、朝日新聞(埼玉版)(乙第一〇号証の一)、読売新聞(埼玉版)(乙第一〇号証の二)、埼玉新聞(乙第一〇号証の三)、サンケイ新聞(埼玉版)(乙第一〇号証の四)、毎日新聞(埼玉版)(乙第一〇号証の五)には、埼玉県議会土木住宅都市常任委員会において、被告飛島建設、被告フジタ、大日本土木、被告佐田建設の支店、営業所の幹部等五名の参考人を招致して、事情を調査をしたところ、五名の参考人のうち土曜会に参加していた三名は、土曜会は、県外業者の親睦団体で技術研修や市場動向調査等を行っており、会員は六六社で、一か月に約一回の程一度で会合が開かれていたが、公正取引委員会の立入検査後、誤解を避けるために解散したもので、談合の事実はないと話したこと、右委員会においては、右四社が落札した加須花咲公園プール建設工事(請負金額六億二一〇九万円)、荒川右岸流域下水道終末処理場三号水処理施設築造土木工事(請負代金二二億二四八〇万円)、県平和資料館新築工事(請負代金一七億四二七六万円)、県北埼農林合同庁舎新築工事(請負代金四億八九二五万円)について、継続審査とされた旨の記事が掲載され、右サンケイ新聞(埼玉版)の記事には、加須花咲公園プール工事の落札業者は、被告フジタであり、荒川右岸流域下水道終末処理場三号水処理施設築造土木工事の落札業者は、被告飛島建設と被告フジタの共同体であり、県平和資料館新築工事の落札業者は、大日本土木と中里建設株式会社の共同体であり、県北埼農林合同庁舎新築工事の落札業者は、被告佐田建設と小川工業株式会社との共同体であることが記載されていた。

(10) 平成三年八月二日付けの読売新聞(埼玉版)(乙第一一号証の一)、埼玉新聞(乙第一一号証の二)、朝日新聞(埼玉版)(乙第一一号証の三)、毎日新聞(埼玉版)(乙第一一号証の四)には、六月定例県議会において継続審査とされた右四件の工事にかかる請負契約締結議案については、同年八月一九日に臨時県議会を開催して解決を図る見通しである旨の記事が掲載され、同月二〇日付けの読売新聞(埼玉版)(乙第一二号証の一)、埼玉新聞(乙第一二号証の二)、朝日新聞(埼玉版)(乙第一二号証の三)、毎日新聞(埼玉版)(乙第一二号証の四)には、同月一九日、臨時県議会が開催され、前記継続審査の四件の工事請負契約議案が可決された旨の記事が掲載された。

(11) 平成三年一〇月一六日付け読売新聞(全国版)(乙第一二号証)及び同月一七日付け毎日新聞(埼玉版)(乙第一四号証)には、大手建設会社等の埼玉県内の支店、営業所による公共工事談合疑惑で、公正取引委員会は、同月一五日、談合の疑いで、「土曜会」(解散済み)の加盟約二〇社に対し、二度目の立入検査を実施した旨の記事が掲載された。

(12) 平成三年一一月二七日付け日本経済新聞(乙第一五号証)には、公正取引委員会が、土曜会に関連する業者の本社に宛てて、土曜会談合疑惑について、本社の関与の調査を狙いとするとみられる埼玉県内の公共工事の具体的な受注経緯・システムに加えて、本社の責任者や指揮命令系統等に至る細かい事項に関する質問を盛込んだ報告命令書を発出したこと、埼玉県で公共事業の受注調整をしていたとされる「土曜会」の幹事会社は、被告鹿島建設、被告大成建設、被告熊谷組、被告戸田建設株式会社(以下「被告戸田建設」という。)、被告飛島建設、株式会社奥村組(以下「奥村組」という。)、被告住友建設株式会社(以下「被告住友建設」という。)、被告前田建設工業株式会社(以下「被告前田建設工業」という。)、被告佐藤工業の九社であり、被告清水建設と被告大林組は、平成三年に入ってから土曜会の解散を訴えたことにより、幹事会社を解任されたこと、土曜会は、同年六月に急遽解散したが、公正取引委員会は、表向きだけの処置と受け止めているようであり、同年一〇月、再度、土曜会会員の支社や営業所に立入検査を実施し、土曜会談合に対する調査は、最終段階を迎えていること、右報告命令書自体は、刑事告発に直結するものではないが、必要な書類は立入検査ですべて押収されており、証拠固めではないかと業界関係者はみていることなどの記事が掲載された。

(13) 平成四年一月三一日付け朝日新聞の朝刊(乙第二〇号証の一)には、一部上場の大手ゼネコン等の建設業者六六社が、埼玉県発注の土木工事の公共入札に際し、談合を重ねていた疑いで調査を進めている公正取引委員会が、同月三〇日までに、独占禁止法違反の疑いで、排除勧告と合わせ、刑事告発する方向で検討し、検察当局と非公式の接触を始めたこと、公正取引委員会は、右六六社からの事情聴取を一通り終えた結果、これらの業者は、親睦団体「土曜会」を作って、以前から、受注の調整をしてきた疑いが強まったこと、調べ等によれば、右各社は、「土曜会」を通じて、埼玉県発注の下水道やダム建設、工業団地造成工事等について、事前に業者同士が話し合って受注業者を決め、その企業が落札できるよう調整し、受注できなかった業者は、別の工事で落札を約束してもらったり、落札業者の工事の一部を密かに回してもらう等の救済策が取られていたこと、埼玉県発注の土木関連公共工事は、平成二年度で約九四〇億円であり、嵐山町の工業団地の整地工事(約五六億円)や吉田町の合角ダム工事(約一一五億円)等、数年にわたる大規模工事が含まれていること、「土曜会」は、昭和四七年、埼玉県に営業所を構える大手八社で結成されたが、平成三年六月の解散当時には、六六社が加盟し、被告鹿島建設、被告熊谷組、被告大成建設、被告佐藤工業、被告飛島建設、被告住友建設、被告戸田建設、奥村組、被告前田建設工業の九社の支店等の土木営業責任者が理事を務めており、公正取引委員会は、同年五月二七日及び同月二八日、各社の営業所等を一斉に立入検査し、談合の記録をとどめたメモ帳や「希望工区表」等の資料を押収するとともに、同年秋から本格的な事情聴取に入り、入札の方法や受注実績などを書かせた「報告書」等を参考に裏付け調査を進めてきたこと、刑事告発については、さらに検察と検討して詰めていくものとみられること、入札調整の方法としては、あらかじめ各社が、翌年度以降に埼玉県や同県内の市町村が発注する公共工事を予想し、獲得を希望する公共工事を一五件までリストアップし、各工事ごとに封印して、番号等を付して、土曜会会長に提出し、個別の入札直前に全指名業者が参加して開催される「研究会」と称する集まりにおいて、当該入札に係る工事の受注を希望する業者の封筒を開封し、受注のための営業活動等に基づいて落札業者を決定するが、複数の業者が受注を希望し、調整が困難な場合は、受注業者の工事の一部を受注できなかった業者が下請けしたり、他の受注事業を回す等の救済等を講じて調整が図られていたこと等の談合の具体的な仕組みに関する記事が「『埼玉土曜会』による受注業者決定の仕組み」と題する図解とともに記載され、右朝日新聞と同日付けの東京新聞(乙第二〇号証の三)にも、公正取引委員による刑事告発について、同趣旨の記事が掲載されたほか、同日付け朝日新聞の夕刊(乙第二〇号証の二)には、土曜会では、受注調整の基となっている「希望工区表」を廃止する予定であったが、工区表の返却予定日が公正取引委員会の立入検査の日と重なったため、重要証拠が散逸直前に公正取引委員会に押さえられていたことが明らかになったこと、しかし、「土曜会」は、受注調整の話合いをやめておらず、立入検査を予想して、話合いが行われたことが形に残る「希望工区表」を用いない方法に変更して「談合隠し」を狙ったとみられること、土曜会会員によると、平成三年四月二五日、新潟県の月岡温泉で総会が開かれ、「希望工区表」を廃止することが申し合わせられ、a土曜会会長(被告鹿島建設埼玉営業所副所長)のもとに提出されていた各社の「希望工区表」は、同月五月二七日に各社に返却されることになっていたが、この日に立入検査が行われ、返却する予定の「希望工区表」がそのまま押収されたこと等の記事が掲載された。

(14) 平成四年四月一六日付け読売新聞(乙第一号証の九)には、公正取引委員会が、土曜会による談合について独占禁止法違反の刑事告発を見送る見通しである旨の記事が掲載された。

同年五月一六日付け毎日新聞(乙第一号証の七)、読売新聞(甲第四四号証)には、公正取引委員会は、土曜会会員とされる六六仕に対し、独占禁止法違反により排除勧告したが、刑事告発は見送りとなった旨の記事が掲載された。

同月二八日付け朝日新聞(甲第四一号証の一)には、建設省が、同月二七日、土曜会会員六六社に対し、一律に一か月(ただし、うち最近一年以内に事故等により指名停止されたことのある三社については二か月)の指名停止処分をした旨の記事が、同年六月六日付け日本経済新聞(甲第四一号証の二)には、土曜会会員六六社は、同年五月二五日までに排除勧告を応諾し、同年六月三日、公正取引委員会により独占禁止法違反の審決がされたが、埼玉県は、右六六社に対し、二か月から三か月の指名停止処分をした旨の記事がそれぞれ掲載された。

同月二四日付け日本経済新聞(甲第四三号証)には、公正取引委員会が、土曜会会員六六社に対し、談合防止のために、社長名で独占禁止法遵守の社内通達を出し、全社員の署名捺印を取ること等を要求した旨の記事が掲載され、同月三〇日付け日本経済新聞(甲第四二号証)には、建設省が、右六六社に対し、建設業法に基づき、将来、談合が再発するのであれば、営業停止等の処分をすることを予告する内容を追記し、独占禁止法違反行為の再発を予防するための行為を指示した旨の記事が掲載された。

(二)  埼玉県議会事務局が編集する「さいたま県議会だより」には、次のとおり記載されている。

(1) 平成三年八月四日(日曜日)発行の「さいたま県議会だより」(NO.四六)には、同年六月に開催された六月定例県議会での土木住宅都市委員会において、請負契約締結議案のうち県平和資料館や流域下水道関係工事等を含む四件の工事を公正取引委員会から立入検査を受けた四業者が落札していたため、右四業者から参考人を招致したこと、右四件を含む合計五件の請負契約締結議案が継続審査となったことが記載されていた(乙第一六号証)。

(2) 平成三年一一月一七日(日曜日)発行の「さいたま県議会だより」(NO.四七)には、六月定例県議会で継続審査となった工事請負契約締結に関する五議案を審議するため、同年八月一九日(月曜日)に、臨時会が開かれ、同月一六日(金曜日)に開かれた県民環境委員会と土木住宅都市委員会の審査経過を踏まえて、県営公園内プール(加須市)、県平和資料館(東松山市)の新築工事等四件と流域下水道終末処理場(和光市)建設工事一件の合計五件の議案がいずれも原案どおり可決されたこと、右臨時会において、議員から「談合疑惑の徹底解明と再発防止に関する決議」一件が提出され、原案どおり可決されたこと、右決議の内容は、大手建設業者の埼玉県内の支店等で組織する「土曜会」において、県内の公共事業に関して常習的に談合が行われているとの疑いで、公正取引委員会が一斉に立入検査をしたことが明らかになったが、このような事件は、公正であるべき公共事業執行に対する県民の信頼を損なうものとして大きな社会問題となっており、一日も早い疑惑の徹底解明を望むものであり、県は、このような疑惑が二度と生じることのないよう業界に対する指導の強化徹底を図るとともに、公共事業の実施に当たっては適法にして厳正かつ公正な指名・発注に一層努めるべきであるというものであることがそれぞれ記載されている(乙第一七号証)。

(3) 平成四年一月二六日(日曜日)発行の「さいたま県議会だより」(NO.四八)には、平成三年一二月五日から同月二〇日まで一二月定例県議会が開催され、県民芸術劇場(与野市)、県婦人能力開発センター(大宮市)、鴻巣警察署(鴻巣市)、秩父警察署(秩父市)の新築工事、流域下水道管渠工事(松伏町ほか)、砂川堀都市下水路工事(所沢市)等一五件の請負契約締結議案が可決されたこと、土木住宅都市委員会で審査された工事請負契約締結の議案については、公共事業の入札に関して公正取引委員会の立入検査があったことを踏まえて臨時会で「談合疑惑の徹底解明と再発防止に関する決議」が可決されたにもかかわらず、右県民芸術劇場の入札に関し、談合疑惑の投書があり、入札が中断するという事態が起きており、また、当委員会の審議においても入札の方式の問題点が指摘され、埼玉県の発注者としての責任と主体性の明確化が問われており、今後の入札については、公正なる執行に努め、いやしくも疑惑等をもたれることのないよう厳正に対処すべきであることを旨とする附帯決議がされたことが記載されている(乙第一八号証)。

(三)  埼玉県において発注した土木工事に係る事項の調査については、次の事実が認められる。

(1) 埼玉県においては、埼玉県行政情報公開条例、埼玉県行政情報公開実施要綱に従って発せられた依命通達「建設工事に係る入札結果等の公表について」(昭和五七年五月二〇日通達建管第一三六号)により、埼玉県発注の各工事について、入札年月日、入札執行者名、工事名、工事場所、指名業者名、全入札業者名、入札経過(各回ごと、各入札業者ごとの入札金額)、入札結果(落札者、落札価格)が公表事項とされており、右公表事項は、入札が行われた年度の三月三一日までは、発注担当の出先機関において、また、右期間の経過後は、埼玉県公文書センターにおいて、それぞれ自由に閲覧することができるようになっている。

(2) 奥村組の従業員が、埼玉県発注の土木工事のうち、埼玉県荒川右岸流域下水道事務所が所管する建設工事で昭和六三年度から平成三年度までの間に入札に付された土木工事の入札経過と結果についての書類の閲覧を求めたところ、担当職員は、請求者の氏名の確認はしたが、それを控えることはなく、「建設工事 指名業者及び入札経過並びに入札結果表」と題する各会計年度ごとにファイルされた四冊の書類(昭和六三年度、平成元年度、平成二年度、平成三年度)を自由に閲覧することができ、右ファイルには、右事務所において当該会計年度に入札に付されたすべての建設工事について、各工事ごとに「入札被指名業者表」と「入札(見積)経過及び結果表」が綴られており、「入札被指名業者表」には、①入札(見積)年月日、②工事名、③工事場所、④業者名が各記載されており、「入札(見積)経過及び結果表」には、①入札(見積)年月日、②工事名、③工事場所、④業者名、⑤入札(見積)額が各記載されており、落札業者、落札金額については、業者名欄及び入札(見積)額欄の該当箇所にそれぞれ赤でアンダーラインが引かれていた。

さらに、右「入札(見積)経過及び結果表」に基づいて、昭和六三年度から平成三年度までの間において入札に付された建設工事のうち、土木工事について、①埼玉県外に本社を置く建設会社が落札した工事と②埼玉県外に本社を置く建設会社と埼玉県内の建設会社との共同企業体が落札した工事について二人で調査したところ、約一時間三〇分ですべての調査を終えることができた。

なお、右事務所の一会計年度における建設工事の入札件数は、約四〇件で、工事内容は、土木工事、建築工事、電気・機械・設備関係工事に分けられ、土木工事については、年間二五ないし三〇件が発注されており、そのうち落札金額が一億円以上の土木工事で、①埼玉県外に本社を置く建設会社が落札した工事と②埼玉県外に本社を置く建設会社と埼玉県内の建設会社との共同企業体が落札した工事の各会計年度における落札合計件数は、昭和六三年度が七件、平成元年度が七件、平成二年度が四件、平成三年度が二件であった(乙第二一号証)。

(3) また、被告五洋建設株式会社の訴訟代理人弁護士が、荒川左岸南部流域下水道事務所及び荒川左岸北部流域下水道事務所において、昭和六三年四月から平成三年六月までの間の荒川左岸南部及び北部流域下水道工事の入札と請負契約について①入札年月日、②工事名、③工事場所、④落札業者名及び落札金額、⑤入札業者名、⑥入札経過の公開を求めたところ、請求者が埼玉県民であるかどうかの確認をとられることもなく、右各事務所管轄の工事について、各年度ごとに綴られた「入札(見積)経過及び結果表」と題する文書を自由に閲覧し、これをメモすることができた。なお、コピーをとることは許されなかったが、二人で分担して、昭和六三年四月から平成三年六月までの間に入札に付された土木工事のうち、埼玉県外に本社を置く建設会社が単独ないし埼玉県内の建設会社と共同して入札した工事について調査したところ、荒川左岸南部流域下水道工事については、約一時間三〇分で、荒川左岸北部流域下水道工事については、約三〇分で調査が終了した(乙第二二号証)。

4  以上によると、平成三年五月三一日ないし同年六月一日、公正取引委員会が、東京に本社を置き、埼玉県内に支店等を有する大手建設土木会社数十社が埼玉県の発注する合角ダム工事等の公共土木工事について、「土曜会」と称する団体を構成し、談合を常習的に行っているという独占禁止法違反の疑いがあるとして、土曜会会員とされる被告鹿島建設、被告大成建設、被告清水建設、被告大林組及び被告熊谷組を含む四十数社の埼玉県内の支店・営業所等に対し、一斉に立入検査をしたことが新聞報道されたが、右報道に係る立入検査の規模を考慮すると、埼玉県等の発注に係る土木工事に関する被告らを含む建設土木会社による談合の存在について、一般の埼玉県の住民をして、相当程度の疑いを生じさせるものであったといえる。また、その後、平成三年七月上旬ころまでには、「希望工区表」を用いた土曜会による談合の仕組みや土曜会が同年六月中に極秘に解散されていたこと等が新聞報道されたほか、六月定例県議会において、公共工事請負契約締結に係る議案のうち四件が、土曜会会員であった被告飛島建設、被告フジタ、大日本土木、被告佐田建設が落札したものであることが判明し、右四社から五名の参考人が招致されて、事情聴取され、これらの者が談合の事実を否定したものの、右四件はいずれも継続審査とされ議決が見送られたことが新聞報道や「さいたま県議会だより」により明らかとなった。さらに、その後、平成四年一月三一日までには、公正取引委員会が、平成三年一〇月に土曜会会員の業者の営業所等に二度目の立入検査を行ったこと、土曜会の幹事会員は、被告鹿島建設、被告大成建設、被告熊谷組、被告戸田建設、被告飛島建設、奥村組、被告住友建設、被告前田建設工業及び被告佐藤工業の九社であり、被告清水建設及び被告大林組は、土曜会を解散すべきであると主張したことから、幹部を解任されたこと、公正取引委員会が、土曜会による談合が独占禁止法に違反するとして排除勧告の検討を始め、さらに、刑事告発について検察と検討に入ったことが新聞報道されたほか、本件談合の仕組みについて、「希望工区表」を用いた受注調整の方法を図解入で詳細に説明し、また、「希望工区表」が押収された経緯を報ずる新聞報道もされ、それまでの土曜会会員による談合を否定する弁解の脆弱性が明らかになったということができる。

また、平成四年一月三一日までの新聞報道で、土曜会会員のうち、被告鹿島建設、被告熊谷組、被告大成建設、被告佐藤工業、被告飛島建設、被告住友建設、被告戸田建設、奥村組、被告前田建設工業、被告清水建設、被告大林組、の一一社について、実社名が明らかになっていることに加え、合角ダム建設工事、荒川右岸流域下水道終末処理場建設工事といった具体的な工事名も明らかになっているのであるから、これらの業者名及び工事名を手掛りにして情報公開を求め、あるいは工事の事業所に問い合わせる等すれば、容易に、入札年月日、工事名、工事場所、落札業者、落札金額、入札業者、入札経過を知ることができるものであり、右一一社が入札に参加した工事を検索すると、本件において原告らが損害賠償を求めている被告ら及び工事名を特定することができるものであることは、原告らが損害賠償を求める工事目録の記載からも明らかである。しかも、本件請負契約の対象工事のうち、荒川右岸流域下水道工事及び荒川左岸南部流域下水道工事については二人がかりで各約一時間三〇分、荒川左岸北部流域下水道工事については二人がかりで約三〇分で、いずれも調査を終了することができたというのであるから、原告らが相当な注意をもって調査すれば、遅くとも平成四年一月三一日の時点では、本件請負契約が本件談合によるものであり、埼玉県が本件談合によって被った損害の賠償請求を怠っていること(怠る事実)を知ることができたというべきである。

そうすると、監査請求のために慎重に事実関係を調査し、必要な証拠を収集するために相当な期間を要するとしても、平成四年一月三一日から約五か月を経過した後にされた本件監査請求は、相当な期間を経過したことにつき、法二四二条二項ただし書に定める「正当な理由」があるとは認められない。

三  結論

右のとおりであるから、本件訴えは、適法な監査請求を経たものとは認められず、その余の主張を判断するまでもなく、不適法な訴えであるから、これを却下することとし、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事事件訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 白井幸夫一 裁判官 檜山麻子)

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